第二回 創作 二次創作 『ふたりの魔術師、ふたりの探偵』

 この文章は、三田誠氏の小説『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』と、その小説と世界観を同じくするゲーム『Fate/stay night』の二次創作である。作品内に登場するキャラクターの関係上、『Fate/zero』の内容も若干含んでいる。なお、『事件簿』の軽いネタバレも含むのでご注意。では、興味のある方は、ぜひ読んでいただきたい。つたない文章であるのは失礼。初の二次創作作品として、『事件簿』を取り扱えて感謝の極み。三田誠氏、および、当作に出演してくださったキャラクターの皆様には心よりの感謝を。では、またあとがきで。

『ふたりの魔術師、ふたりの探偵』

 

 今日は、師匠と一緒に時計塔を離れ、フィールドワーク先への下見で、ある列車に乗っていた時のお話をします。

 これは、師匠が完全に、敗北した時のお話です。

「列車に乗っていると、なんだか魔眼収集列車の時を思い出しますね」

 師匠にとって、転機となったあの事件。そして、自分にとっても大きな転機となった事件。

「レディ、かの列車とこいつを一緒にしてはいけない」

「そうなのですか?」

 師匠は背筋を伸ばし、先程までくゆらせていた葉巻の火を消した。自然と、自分の背筋も伸びてしまう。

「そもそも、魔眼収集列車とこの列車は運営知っている場所が違うのだよ。魔眼収集列車は上級死徒が魔眼の蒐集、オークションのために運営している、そうだな、いわば列車はその会場に過ぎない。だが、この列車は魔術協会が魔術師用に運営しているただの移動手段に過ぎない。それに、魔眼収集列車は蒸気機関車をベースとしているのに対し、これは急行型列車をベースとしている。これらは、魔術的にも科学的にも根幹からしてまず違うものだ」

 師匠の話を聞きながら、自分はそれでも、それでもやはり、車窓を流れる風景を見ると思い出すのだろうと思った。かの列車のことを。

「それにだ、――――」

 師匠が言葉を続けようとしたその時だ。近くの客室から悲鳴が上がった。

「キャ――――」

 反射的に立ち上がってしまう自分だったが、師匠の方が私よりも早かった。

「行くぞ、グレイ」

 師匠はすでに個室のドアを開き、悲鳴の聞こえた方へと向かっていた。

 

 そこにはすでに人だかりができていた。師匠はそれをかき分ける。悲鳴の主は乗務員の女性だった。客室の前に尻餅をついて目を見開いていた。確かに、魔眼収集列車にはこんなにも大勢の魔術師はいなかった。

「通してもらおうか」

「あ、ああ」

「おい、あれ、ロード・エルメロイじゃないか?」

「え? あの現代魔術科の?」

「時計塔で抱かれたい男ランキング第四位のあの、ロード・エルメロイ?」

「ああ、間違いない。プロフェッサー・カリスマだ」

 相変わらず、異名の多い師匠は、そんな声に眉間の皺をより深くしながら、乗務員の女性に状況を尋ねる」

「あ、あの、あの向こうで――――」

 師匠の差し出した手を取りながら、反対の手で震えながら扉の方を指さす。

 女性を起こした後、師匠はその扉に近づいて中を覗こうとした。が、それは叶わなかった。なぜなら、ひとりの少年が、すでに扉にへばりついてのぞき窓を使って中の様子を覗いていたからだった。

 青みがかった黒い髪がまるでワカメのようにウェーブしているのが特徴的な少年だった。容姿端麗、眉目秀麗。まるで異国の王子のような見た目のその少年は、その整った顔をゆがめながら一生懸命にのぞき窓の奥を探って、やがて言った。

「ああ、死んでるね。これ」

 突如、人だかりがどっと湧く。悲鳴を上げるひと、写真を撮るためか携帯電話のカメラをこちらに向ける人。連れ添いの男性の胸に顔をうずめる女性。

 そんな彼らを、少年は憎々し気に睨み、先程悲鳴を上げた乗務員の女性の前に立った。その顔は笑顔だった。

「ねえ君さあ。ちょっと人払いしてくれないかな」

 師匠に手を差し伸べられたときは表情を変えなかったその女性が、少年に声をかけられてまるで恋する乙女のように頬を赤らめ、きらきらした目で彼のことを見つめていた。

 乗務員が周りのやじ馬たちを客室に戻るよう案内している間、少年はずっと客室の中を覗いていた。師匠がたまに使う砂のようなものや、自分にはよくわからない器具のようなものを使いながら。

 この列車に乗っている人は全員が魔術師であることは聞いていたが、まさか人死にの後にこんなにも冷静にいられる人がいるなんて思っていなかった。これじゃあ、これじゃあまるで、師匠のようだ。

 師匠も少年の行動に驚いているようで、目が大きく見開かれていた。

「さて、こんなところだ。あなたも見るかい? ロード・エルメロイ」

 

 師匠が一通りの調査を終えてから、自分たちは一度殺人の現場を離れて食堂車へと来ていた。

「私はロード・エルメロイⅡ世。こちらは内弟子のグレイだ」

「グレイ、です」

 少年は自分たちの自己紹介をつまらなさそうに、前髪を指でもてあそびながら聞いていたが、やがて、

「僕の名前は間桐慎二

と名乗った。

 またも、師匠が驚きの表情を見せる。先ほどよりも大きく、今まで見たこともないくらいに目を大きく見開き、手に持っていた葉巻を危うくテーブルの上に落とすところだった。

「間桐? 間桐雁夜……」

 師匠の口から、知らない人の名前が出る。

「あの、師匠? その人は……?」

「間桐雁夜。私も面識はないが、第四次聖杯戦争バーサーカーのマスターだった男だ。私と殺しあったかもしれない相手」

「雁夜? ああ、それ、僕の叔父さんだよ」

 間桐慎二はそんなことは今の今まで忘れていたとでもいうように、どうでもいいことかのように吐き出した。

「それよりさ、さっきの事件のことだけど」

 と、話を変える間桐慎二。ウェーブした髪を掻き上げ、師匠のことを面白そうに見る。

「この列車で起きたということは魔術師同士の事件だよね? ってことは、僕が効いた話では、ロード・エルメロイ。あなたの出番ってことになると思うんだけど」

「そうだな。なかなか興味深い事件だ。だが、その前に、私の名前には、二世をつけてほしい」

 いつものように、師匠は言った。

 間桐慎二は、ははっと笑って「やっぱ面白いわ」といった。

「えっと、今回はどんな事件なんですか?」

 たまりかねて、聞いてしまった。

 先ほど、事件の現場を調べているときから、師匠はずっと難しそうな顔をしていた。

「それが、分からないのだよ」

「分からない?」

「ああ、現場には、確かに死体があった。何の変哲もない、ただの死体だ。ただ、事件ならばおかしい」

「はあ、おかしいですか……」

「ああ、あの死体には、外傷が一切存在しなかった」

 外傷の無い死体。それの、どこがおかしいのだろう。

「魔術を用いればとても簡単だ。だが、そのような魔術を使用した痕跡が一切存在しなかった」

 今度こそ、自分にもおかしなことが理解できた。魔術師が殺され、その死体には外傷がなく、そして、そのような殺し方のできる魔術の痕跡はなかった。それぞれの要素が、微妙に合わさらない歯車のように、互いに互いを邪魔している。

「ねえ、ロード・エルメロイ二世。僕と勝負しないか」

 さっきまで黙っていた慎二が口を開く。

「勝負?」

「ああ、どっちが早く、この事件の犯人を捕まえられるかの勝負さ」

「なぜ、そんなことをしなければならないのかね?」

 ホワイ・ダニット。なぜか。

「簡単さ。いたって簡単。明快なことだよ」

「僕は今、この上なく暇なんだ」

 

 慎二と別れてから、再び自分たちの客席に戻る。師匠はずっと考えているようだった。

「外傷が存在しない。魔術の痕跡を消すなどということが可能なのか。いや、あるいは、ウェールズの時のような場合。いやいや、それこそあり得ない。私たちはこの場に初めて来たのだ。再演など不可能。ならば、どうやって」

「なぜ、あの人は死んだんでしょう……」

「なに?」

 つい、考えていたことが口をついて出てきてしまった。

「す、すみません。何でもありません」

 急いで謝るが、師匠はすごい勢いで肩をつかんできた。

「レディ、なんて言った」

「いや、あの、その、なぜ、あの人は死んだんだろう。と」

 答えると、師匠は肩をつかんでいた手を放し、立ち上がった。

「なるほど。そういうことか!」

「どういうことなのでしょう」

「ついてきたまえ。レディ」

 

 師匠に連れてこられたのは、事件が起きた客室だった。

「ここ、密室。なんですね」

「ああ、まあ、そんなことは魔術師相手には通用しない。私も先ほどまでどうしてだか、うっかりしていた。ここに乗っている客に、フーダニット、ハウダニットは通用しない」

ホワイダニット

「そう。なぜやったのか。それだけが、例外だ」

 そう言って、師匠は先ほど乗務員から預かったマスターキーでドアを開ける。ドアの先には、安らかな顔で眠っている一体の男の死体があった。

「どうやら、この男は宝石魔術の使い手だったらしい」

「どうして、分かるんですか?」

 不思議に思って聞いてみた。いくら師匠でも、死んだ相手を一目見てその人が使う魔術が

分かるなんてことは無い。

「この杖だよ」

 師匠はそう言って、遺体が大事そうに抱えていた杖を見せる。

 杖の柄の部分には、蛇やコガネムシのような虫がたくさん印刷してあって、先の持ち手の部分には何かをはめ込むための場所のような空洞があった。

「ここに刻印されている虫たちはすべて、古代エジプト文明とかかわりの深いものたちだ。宝石魔術は古代エジプト文明と大いに関係しているからな。それに、この空洞は、もともと宝石が入っていたもののようだ。わずかだが、魔術の痕跡がある。それに……」

「あるはずの物がない。でしょ?」

 突然、背中から声がした。驚いて振り向くと、そこには先ほどの乗務員を連れた慎二がいた。

「その通り。宝石魔術ならば、おそらくは多くの宝石を持ち歩いているはずだ。だが、この客車には何もない」

「と、言うことで、犯人はこいつだよ」

 慎二は親指で後ろの乗務員を指さす。一瞬、誰もが息を飲み込んだ。師匠でさえ例外ではなかった。

「――――いや、しかし、彼女には不可能だ」

「そうかなあ、なぜ、不可能と言いきれる?」

「この列車の乗員はみな魔術師だ。それは、乗務員だって例外ではない。しかし、ここの乗務員をやらなければならないということは、彼女はロクな魔術刻印を持っていないということだ」

 魔術協会が提供する、移動手段。本来は家を継ぐ魔術師が、この列車で働く理由。それは、ほかに働く場所がないから。

「そう。こいつの魔術刻印は下の下。まるで使い物にならない」

「ならば、ならばなぜ、彼女が犯人だなどと言える。そんな魔術刻印では、人を殺す魔術なんて使えるはずがないだろう」

 そう。いつだったか、師匠が講義で言っていた。魔術刻印こそが、魔術師を人たらしめる。

「その通り。使えるはずもない」

「ならば――――」

「だから、使わなかった」

 使わ、なかった?

「魔術師が魔術を使わなければいけないなんて誰が決めた? 正直、人殺しに関しては、魔術よりも銃やナイフを使った方が簡単だろ?」

 それは、あまりにも突飛で、だけど、いたってまともな意見だった。

「確かに。その通りだ」

 師匠が悔しそうに慎二の言を認める。いくら遊びでも、勝負と言われた以上、師匠も勝ちたかったのだろう。変なところで、意地っ張りなのだ。

 そんな師匠のことを知ってか知らずか、慎二は心底勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

「こいつは毒薬使ってその人を殺した。魔術媒体用の、宝石を目当てに。そこにおいてあるグラスを調べればすぐにわかるよ。それに、こいつの乗務員室から宝石も見つかるはずだ」

 

 停車駅につき、乗務員の女性は素直に自分の犯行を認めた。師匠は、彼女を引き渡している慎二の姿を、何とも言えない表情で見ていた。

 この二人は、どこか似ている。自分がそんな風に思うのは、最後、師匠と慎二が別れ際に交わした会話のせいだろう。

 

「ロード・エルメロイ二世」

 そのまま去ろうとした師匠の背中に声がかかる。慎二の声だ。

「いや、ウェイバー・ベルベットと呼ぶべきかな。僕は一度、あなたに聞いてみたかったんだ。なぜ、あんたはあの聖杯戦争に参加した。そして、あなたの目標であった第五次聖杯戦争が終わった今でも、なぜ魔術の世界にしがみ続けている」

 これは、可能の助動詞をわざと除いて質問された。どうして、魔術の世界にしがみ続けていられる?と。

「それは……」

 師匠は、ロード・エルメロイ二世は、この質問になんと答えるのだろう。

「それは、いつか、君にも分かるさ。間桐慎二君。君は、昔の私にそっくりだ。魔術の才能もない。期待もない。ないない尽くしの少年だ。だからこそ、その答えは君自身が導き出すことだ。出会うべき人に出会ってな。それでは、さらばだ」

 師匠はそう言って、今度こそ歩き出した。師匠の背中は、なんだかとても、悲しそうで、けれどどこか、足取りは弾んでいた。

                               了

 

 あとがき

 ここまで、僕のつたない文章を読んでくださった皆様に、まずは感謝を伝えます。さて、なぜここであとがきがあるのかというと、本作の着想について語るために、ほんぶんを読んでいただかねばならなかったからです。

 僕は以前から『事件簿』の二次創作をやりたいと思っていたのですが、型月世界は広大過ぎて、どこから手を付けたらいいのか分からず、書けなかったのです。ある時、間桐慎二のプロフィールを見る機会があり、そこにはこう書かれていました。「名探偵」と。これを見たとき、型月世界における探偵が出会ったら面白いのではないかと思いました。書き進めていくうちに、彼らの共通点がいくつも見えてきて、結果としてこのラストに落ち着きました。はじめはぜんぜん違うオチを想定していたんですよ?

 一人称をグレイにするかどうかは本当に悩みました。二次創作なのだから、もっと面白い視点でもいいのではないか。いやいや、神の視点が一番書きやすい。そんな風に考えた結果、まずは原作に順守するという結論に至りました。しかし、書いてみると、グレイのキャラクターは非常に難しかった。何より、一人称がぐっちゃになる。本当に、三田誠氏はすごいなあと思いました。

 まだまだ、語り足りないですが、具体的には『事件簿』についてもっと語りたいところですが、それはまた、別の機会に。では、またお会いできる日を信じて。書くとしたら、また『事件簿』で書くと思います。またね。